序章 七つの民 ここはとても寒い土地で。
長い長い冬が毎年すべてを隠してゆく。
ここはとても厳しい土地で。
生きてゆくのはとてもつらい。
それでも愛している。
この小さな、北の大地を。
ここに生きる、人々を。
暁天暦六四三年 霜檻
今年も初めての雪が降りました。
バステカ大陸の北端、キーレルベル地方。ここの西方と北方の殆どは冷たい暗青色の北玉海に面していて、南にはクスカトール地方を統一したノーザ王国の領土線となるヘーゼルゲート山脈が、東には古王国エルロニアとの境であるキーラン山脈がそびえ立つ。キーレルベルは北の果てで孤立した土地です。それは相変わらずで。
今日、昔の手紙を山ほど見つけて、あの頃の事を思い出しました。
八年前、未だこの地方はひとつに統合されていなくて、七つの民がそれぞれに自分たちの領地を主張して争っていましたね。私達は沢山の人に会い、沢山の人と争い、沢山の人を亡くしました。
東アルキア平野を耕していたシーディンの民。
中央アルキア平野、中原と呼ばれる地域を遊牧する透星の民。
北アルキア平野、二本の川に挟まれた肥沃な土地を耕すのは、最大の力を持っていたセレベスの民。
ヘーゼルゲート山脈の麓、ツーミーンの大森林には、山の民クイスナが。
大河の作ったヘルガ・イスムの湖の畔には、ヘルガニムの民。
西の海岸線には漁業と交易で身を立てるトゥラの民。
二つの山脈の切れ目にあって、ノーザ王国と小競り合いを繰り返すのは、最古の武民と呼ばれるランフレイエンの民。
今も小さな諍いが続いているけれども、なんとか話し合いを重ねて、和合への路を歩んでいます。
今はひとつの国の中で。 これは貴方のおかげですよ。きっとね。
……今もどこからか、煙管を片手に私達の事を見ているんですか。
今年もまた長い冬が私達を覆ってゆきます。
貴方の愛した人たちは、みんな元気に生きています。
貴方を愛した人たちは、これからもここで生きていきます。
これからも、この場所で。 貴方の愛した、この北の果てで。
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