はじまりの街
03
 
 
 
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 東の山入端から、輝く太陽がその頭をもたげる。
 夜明けだ。
 青い目を細めて、眩しい朝日が雲の縁を染めあげるの見つめる。
 ソレイユは、心を決めた。
 机の引出しから薄い便箋を取り出して、青いインクで短く記す。
 
 
 
 おはよう、ルネ。
 昨日一晩中考えた。
 それでわかった。
 あたしが居たいのは、ここじゃない。
 
 どうしたらいいのか教えて。
 
 
 
 自分の名前は書かなかった。代わりに、子供の頃にルネが作ってくれた太陽の印章を押す。
 なんだか微妙に不細工な太陽。ルネがどうしてこの意匠を選んだのかはわからないが、ソレイユは結構気に入っているのだ。
 息を吹きかけて乾いたのを確かめると、くるくると丸めて、ディアナの胸の筒に入れた。
「よろしくね」
 クルクルと喉を鳴らして、ディアナはまだ朝靄のけぶる空に羽ばたいて行った。
 しこたまビスケットをあげて機嫌を取ったので、すぐに届けてくれるだろう。
「……寝よう」
 眼の下にうっすらと隈。ネネに夜更かしはいけないと絞られるのも嫌だ。呟くなり、ソレイユはふかふかのベッドに倒れこんだ。ひと眠りのつもりが昼過ぎまで寝こけてしまい、今度は寝坊で絞られる羽目になるのだが。
その他はその日一日、さも何事もないように平静に振舞った。いつもどおり我儘も多少言ってみたりして。
 
 少しずつ、いろいろなものに別れを告げながら。
 
 
 三重にカーテンのかけられた暗室のような部屋のベッドで、ルネは聞きなれた羽音を聞いた。
(……早かったな)
 むく、と起き上がって寝入りばなのルネは小窓を開けた。光が当たらないように脇に避けながらだ。小窓からは悠々として白い伝書鳩が入ってくる。
「お帰りディアナ」
 どうぞ、と胸の筒をこちらに向けてくるので、ルネは目を擦りながらそれを受け取った。
 青いインク、ソルの字。太陽の印章。
 文面を読んでルネは微かに微笑むと、すっかり眠気の抜けた顔で長布を羽織り、部屋を飛び出した。
 向かうのは二つ隣のギアの部屋だ。
「ギア!」
 ノックもせずに鍵の壊れた扉を開け、どこで買ったのやら、牛模様のエプロンを引っ掛けて朝食の用意をしていたギアを大声で呼ぶ。
「んぁ?何だ、何だ、オイ。お前寝たんじゃなかったのかよ」
「ソルから返事が来た。作戦開始だよ」
 ギアはそれを聞いて、あからさまに嫌な顔をする。
「ホントにやんのか?」
「昨日いいって言っただろ」
 だけどよぉ、とギアは唸る。
 ルネの声は明るい。
 
 
「彼女が帰ってくる」
 
 
 ルネはもう一度部屋に戻ると、紫のインクで折り返し返事を書きディアナに託した。
 またビスケットがもらえると思っているのか、張り切った様子で飛び立つ鳩の尾を見送って、ルネは太るぞ、と呆れたように言った。
 
 
 ロウミュラの朝が始まる。
 張り詰めたこの街では、その日に何が起こりうるのか、決して誰にもわからない。
 わかっているのはただ、青年と少女の声もない密談が在った事だけ。
 
 
 
 
 

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