はじまりの街
04
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****** 数日後。 ソレイユは買物といって街へ出た。勿論護衛はついているが、心配しなくていいとルネが言っている。 大きめの喫茶店に入ると、化粧室が見える席に座った。護衛は荷物を持ったまま、彼女の二つほど隣のテーブルに座る。 これでソレイユが持っているのは、小さな手提げ鞄だけ。ミルクティーを注文して、ゆっくりとその時を待つ。 ――派手でうるさい四人の女の客が、暫くしたらトイレに入る。そしたら、ちょっと時間を置いてソルもトイレに立って。 さりげなく店内を見回すと、確かに派手な四人組の女がフルーツジュースを飲みながら騒いでいる。 黒髪に浅黒い肌の、タレ目の美人。化粧の濃い金髪の女。それから東洋系の顔立ちの、すらりと背の高い女と、目の醒めるような赤毛のキンキン声の少女だ。 (間違いないなぁ) 彼女達からはわざと目線を離して、運ばれてきた紅茶をふたくち程飲む。 ぼーっと窓の外を眺めているうちに、四人の女が立ち上がった。連れ立って化粧室に入ってゆく。 (あ、入った) さすがに少しどきどきする。 平常心を心がけて紅茶を飲み終わったソレイユは、護衛の男に声をかけて、化粧室に向かった。 「遅ぇよボケ!」 「へっ?」 化粧室に入った途端、思い切り頭をはたかれた。 「ちんたら茶ぁ飲んでんじゃねぇよお気楽お嬢。おかげでオレ達全員クソしてると思われるじゃねーか!」 飛んできた怒声の主を見ると、先程の四人の中にいた、タレ目の美人だ…が。 「男の人?」 「あたりめーだ畜生ッ!何が哀しくて女装なんて」 そこまで言ってから、よく見れば多少骨太なこの人は、ソレイユの目をじっと見て尋ねた。 「お前。ソレイユ=アーテンサイアだな?」 ソレイユも、彼女のフリをした彼の緑の目をじっと見つめて答える。 「うん」 「『青い鳥』のモンだ。オレはギア。こっちから」 と、他の三人を顎で差して言う。 「金髪がマグダラ、背ぇ高いのがシイ、赤毛のウルセーのがコットン」 「ハーイ、ソレイユ」 「初めまして」 「ウルセーって何よギア!」 こちらの三人は本物の女性のようだ。 「初めまして、ギア、マグダラ、シイ、コットン」 ソレイユは一人一人を見て、頭を下げた。 「あらぁ、あのネイズ議長の娘って言うからどんな根性曲がりかと思ったら、意外に素直ないい娘じゃん?」 マグダラが言って、合格ってカンジ、とOKサインを出す。そうして彼女達は、ソレイユをトイレの個室に押し込めた。 「え、何、なに?」 「服脱げ、全部!」 ギアの声。コットンが続ける。 「急いでねん☆あ、下着はいいから」 「あなたこれからアタシに化けんのよ!」 マグダラのちょっと楽しそうな声。よくわからないながら、とりあえずソレイユは服を脱いだ。 隣の個室から放り込まれて来る、絶対に自分では着ないオペラピンクのミニのワンピースを恐るおそる着る。 「着替えたら出て来い、早くな」 慌てて個室を出ると、作業服に着替えたマグダラが、シイに化粧をしてもらっていた。ちょっとくたびれた中年の女に見えるような。そんなマグダラの髪をコットンが素早くまとめて帽子を被せる。瞬く間に化粧の濃い若い女が、疲れた掃除婦に変身した。 「凄い!」 「マギー、じゃあバケツ持って男子トイレね☆」 「了解ぃ」 そう言ってマグダラは、清掃用具一式を担いで化粧室を出て行った。 「次はアナタよ」 シイがソレイユを丸椅子に座らせて、先程までのマグダラに似せるのだろう、顔に色々と塗りたくり始めた。背後ではコットンが髪を結う。 「よし、できた」 「ヅラ入りまーす☆」 がぼ、と髪を結わえた頭に、マグダラと同じ色の金髪のウィッグを被せられる。背中まで届く巻き毛を鏡で見て、ソレイユは呆然とした。 「誰よこれ」 「オイ、呆けてんじゃねー、行くぞ!」 まるで別人のような自分の姿に呆気にとられる間も無く、ギアに腕を引っ張られた。 「オレが盾になる。いいな、内側歩けよ」 「う、うん」 そうか、とソレイユはようやく理解する。これでマグダラに化けた自分がいなくなれば、化粧室は無人。抜け出し成功だ。 「…出るぞ」 ギアは真剣な表情で、化粧室の扉を開けた。 「うそ、それで?」 「だから、リンディアの男が金持って逃げたとかってさあ…」 「やだ、かわいそぉ」 店の喧騒の中へ出た途端、三人はすぐに派手な女の子達に戻って話しながらカウンターに向かう。 ソレイユも何とか調子を合わせて、笑ったり驚いたりを繰り返す。 「うっそだぁ!」 「きゃはははは、だからァ…」 コットンが一際大きな笑い声を上げた時に、護衛の公安二人が眉根を寄せて顔を見合わせた。 (……!) 「すいませーん、お勘定」 シイが店主を呼んで勘定を払っている間中、男の視線が突き刺さってくるのを感じる。 (気付かれた…?) 「コラ、びくびくすんな」 ギアが小声で囁いた。 ソレイユはこく、と頷いて話を続けながら、思わず彼の手を握った。ギアは全身を硬直させる。 「おま、な、なに…」 「はい、丁度だね?ありがとう」 二人の護衛の視線はまだこちらにある。シイが代金を払い終えると、四人はそのまま店の外へ出て行った。 「あの金髪、顔はいいのに貧乳だな」 「いーや、化粧が濃すぎだね。マイナス十点」 実のところ、こんな風にああだこうだと、二人の男達は話していたのであった。 本人が聞いたら余計なお世話だと不貞腐れるだろう。 「なぁ、お嬢さん遅くないか」 「そうかな。女の便所なんてこんなもんだろ」 「女もいないくせにわかったような事言って」 「お前こそ」 彼らは油断していたのだ。いくらなんでも遅すぎる、と店の女に頼んで化粧室を覗いてもらったのは、ソレイユたちが出て行って二十分は経った頃である。 「……大変だ」 大騒ぎになったのは言うまでも無い。 ソレイユ=アーテンサイア失踪。 困ったことに、彼女の書置きはなかなか見つけてもらえなかったのだ。 やがてロウミュラの街には手配書が配られて、ソレイユはお尋ね者の気持ちを味わうことになる。 |