はじまりの街
08
  
 
 
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「ソル?」
 ルネは路地に消えたソルを探したが、ついに見つけることができなかった。
「…こんなことになるなんて」
「言っただろ…」
 後から掛かった声に、ルネは驚いて振り向く。
「さっきの…カーさん」
「彼女を引っ張りまわすべきじゃなかったんだ」
 ゆっくりと歩いてきた緑のスカーフの男は、気の毒そうに言った。
「だけど…ソルはそれを望んだ。彼女は楽しそうだった!」
「そうだけど。だけどあの子はこれから、望んだことの代価を払わなくちゃならない」
「巻き込んだのはオレです!」
 ルネはムキになって反論する。ソルにどんな罪がある?彼女は、ただ選んだだけだ。
「…払うのは、彼女だ。他の誰でもない」
 スカーフ男の後から歩いてきた、もう一人の男――ピンクの頭に極彩色の服を着た、南国の鳥のような――が静かに言った。
「…だけど」
 ルネは唇を噛んだ。
 彼女を誘ったのは自分で、こんな時に追いかけることもできなかったのも、自分だ。
「ソルは縛られていたものから、抜け出したかっただけです。それがいけないと?それすら許されないって言うんですか!」
「落ち着け、ルネ」
 極彩色の男はルネを宥めて、溜め息をついた。
「悪いことなんかじゃない。だけどソレイユには背負った物が多すぎた。ソルになるだけでも、この有様だ」
「なのに、代価を負えって?理不尽だ!」
 ソルは丘の上にいたときですら、敵じゃなかった。天河亭に来てからの彼女は、尚更だ。
 まして、内通者などであるわけが無い。
「…助けたいか?」
「え?」
 カーがボスと呼ぶその男は、不思議な琥珀色の目を不機嫌そうに細めて続けた。
「あの子は多分、議会派からも追われるぞ。予言しようか、ネイズ議長はソルを暖かく迎えようなんてしない。娘でも裏切り者だから」
「そんな」
 でも、とボスは言葉を切った。意味深に、笑う。
「俺達なら、逃がせる」
 この街から、広い世界へ。と、彼は言った。
「もう一度聞こう、ソルを助けたいか?」
 ルネは、ボスの深い琥珀の瞳を、真っ直ぐに見つめる。こういうところが、ソルとルネは似ている。男の真意を掴みかねながらも、短く応えた。
「はい」
「誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。誰かが助かれば、誰かが苦しむ。ソルが逃げれば、お前は捕まるぞ。それでもか?」
 カーが、心配そうに二人のやりとりを見守っている。
 ルネの心をよぎったのは、ソルの目に涙をいっぱいにためた微笑だった。あんな顔を、させたくは無い。
 自分が捕まるのは、構わないと思った。
「ソルがまた明るく笑えるのなら」
 二人の男は、頷いて去った。
「時がきたら、また」
 そう、言い残して。
 
 
 結局、ソルが幸せなら、他の何もかもがどうでもいい事に、ルネは気付いた。
「歪んでるかな」
 でも、初めから一番大切なのはソルだから。
 逃げて。
 この街のしがらみから逃げて、世界を見ておいで。
 世界が君に見せてくれるものは、きっとずっと豊かな色をしていると思う。
 逃げていいんだ。
 君がまた笑ってくれるなら、囚われの身なんて苦にはならない。
 ソル。
 
 
 次の日。
 公安の巡査が路地の隅で膝を抱いて眠りこけているソルを見つけ、丘の上のアーテンサイア家に連れて行った。
「ソル嬢ちゃま!」
 ネネは彼女に取りすがって泣いた。
「どの面下げて戻ってきた、この馬鹿娘が!」
 父は、憎々しげに怒鳴った。
「お前は議会派の恩恵を受けながら、我らを裏切ったのだぞ。私がどれだけ立場を悪くしたと思っている!」
 家に来ていた数人の議院が、もっともらしく頷いている。
「お前が情報を持ち出したおかげで、我々がどれだけの損害を受けたと思う、ソル。もうお前など、我が子とは認めぬ」
「…父さん」
 ソルは、諦めた表情で父を見つめた。
「旦那様、そんな!」
 ネネが金切り声を上げる。
「裏切り者ですな」
「ソレイユ様、もはや言い逃れはできないのですよ」
「裏切り者」
「裏切り者」
「裏切り者」
 ソルは立ち尽くす。小声で交わされる会話の中に、何度も出てくる言葉。
 『青い鳥』でも、こう呼ばれて居られなくなった。
――裏切り者。
 ネイズは、止めを刺すように、冷たく言い放った。
 
「お前など、もう要らぬ」
 
 
 そうして、ソルは投獄された。
 
 
 
  
  
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