クノッソス
03
   
 
 
   ***
 
 
 
 早くにソルは目を覚まし、部屋干ししておいた着替えを取り込むと、今日はどうしようかと考えた。
 まず朝ご飯を食べて、古着屋に行って。そしてソルは何気なく外を見ると、窓からの視界に鎮座する白の塊を認めた。
 『檻』だ。
 白くて、緩やかな檻。
「………」
 ソルはそれを、睨んだ。
 
 
「おい、この先には行かないほうがいいよ」
「どうして?」
「どうしてもこうしても…」男は口篭もった。
 
 
「ねぇ、あんた旅行者だろ。あそこに行くのはよしとくれ!悪魔が出てきちまうよォ」老婆が嘆いた。
 
 
「なんであそこに行こうとするの?」女は激した。
「なんでって、気になるから」
「それは化け物のまやかしにかかったのよ!そうにちがいないわ!あたしの弟は、あいつの母親に殺されるところだったのよ!…ちょっと、聞いてるの?あいつの恐ろしさは、まだまだあるのよ!」
 
 
「門があるんだ…」
 いろんな話をして、いろんな噂を聞いた。
 ソルは今、白の建造物に不似合いな程小さい扉の前に来ていた。自転車は修理に出している。
 門の傍の小屋で、老爺が居眠りしているのが窓から見えた。ソルは声をかけた。
「ねえ。ねえ、おじいさん、門番?」
「…ん?あ……ああ、もうそんな日付かね」
「はぃ?」
 老爺は以外にもすぐに目を覚ましたが、ソルには彼の言っていることの意味がわからなかった。
「お?なんだ、物資の搬入じゃないのか」
「物資って?あの、あたし旅行者なんですけど。ここの中って入れるんですか」
 老爺の目が驚きで真ん丸になる。
「入れるとも!なんだい、旅行者だって?ここは入りたい奴なら入れるよ。もっとも、入りたいなんて言ったのは十六年間でようやく五人目だがね」
 んん、と伸びをして、老爺は小屋の外に出てきた。
「鍵はかかってないよ」
「ええ?人が閉じ込められてるって聞いたんだけど」
「鍵なんてかけなくても誰も入ろうなんて思わないよ。中の御仁も出て来ようとは思っていないようだしなぁ」
 あくびをかみ殺し、老爺は面倒くさそうに門を開けて見せた。
「ほらな」
 扉は多少軋みながらも、問題なく開いた。
 …では、「埋葬」された男は。
「何で、出てこないわけ?この中で生きてけるの?」
「そんな事は知らんよ。ただ、食料とか生活用品なんかを、定期的に役人さんが搬入してくる。殺すわけにはいかんて」
 二月に一度カート一台分の物資を、この建物の中に運び入れているのだという。
「じゃあ、おじいさんが居る意味ってあるの?」
「そりゃあ、あの婆さんが息子を攫いに来るのを防ぐためさね。あの御仁は、この中に居たほうがよっぽど安全だよ。奴が子供の頃は、奴に投げられた石が山のように積もって、ついには奴を石から守るようになったんだからなぁ」
 その口調には微かに憐れみが見えた。
「あなたは、中の彼が怖い?」
「怖くはないが、気味が悪い。妙な色と、六本の指だ。まぁおよそ人間とは思えんわな。でも、まぁ、死んでしまえとも思わんよ」
「………」
 
 ソルは黙ったまま、薄暗い内部に足を踏み入れた。
 
 
 
 
 

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